2026年1月12日月曜日

いわき市図書館の新聞記事を効率よく探す方法

【悲報】外部の検索エンジンから遮断されている可能性が高いです。

 これまで重宝していた検索手法が制限されてしまったことは、まさに「悲報」であり、非常に残念でなりません。特定のディレクトリからダイレクトに資料を探し出す方法は、調査の効率を劇的に高めてくれるものでした。
 
しかし、道が閉ざされた今、ただ惜しむだけでなく次の一歩を踏み出す時です。いわき市立図書館の公式サイトに対し、誰もが資料をスムーズに探し出せるような検索機能の実装をリクエストしていくとともに、私たち利用者も新たな効率的な調査方法を模索していく必要がありそうです。
 貴重な地域資料を未来へ繋ぐためにも、より使いやすいデジタルアーカイブの実現を期待し、働きかけていきましょう。

いわき市図書館の新聞記事を効率よく探す方法

いわき市図書館では、過去の新聞記事を PDF 形式で公開しています。実はこのアーカイブ、Google 検索を使うととても簡単に目的の記事を探せることをご存じでしょうか。
この記事では、図書館が公開している新聞記事を「site:検索」を使って効率よく探す方法を紹介します。

いわき市図書館の新聞記事検索


いわき市図書館の新聞記事アーカイブとは

いわき市立図書館では、地域のニュースや歴史的な出来事を記録した新聞記事をデジタル化し、公式サイトで公開しています。
URL は次のディレクトリにまとまっています。

https://library.city.iwaki.fukushima.jp/manage/archive/upload/

この中に、年代別・テーマ別の PDF が多数保存されています。


Google の「site:検索」で一発絞り込み

大量の PDF の中から目的の記事を探すのは大変ですが、Google の検索機能を使えば一瞬で絞り込めます。

使い方はとても簡単

Google の検索窓に次のように入力します。

site:https://library.city.iwaki.fukushima.jp/manage/archive/upload/ 化石

ポイントは「site:」を先頭につけること
これにより、Google は「いわき市図書館の新聞記事アーカイブ内だけ」を検索対象にしてくれます。

例えば「化石」と入力すれば、いわき市内で発見された化石の記事、化石展のニュースなど、関連する PDF が一覧で表示されます。


どんなキーワードが使える?

自由に検索できますが、特におすすめなのは次のようなキーワードです。

  • 地名:小名浜、平、勿来 など
  • 歴史・文化:化石、遺跡、祭り など
  • 自然災害:地震、台風 など
  • 人名・学校名:地域の著名人名、学校名 など

Google が PDF の中身まで読み取ってくれるため、記事タイトルだけでなく本文に含まれる語句でもヒットします。


調べ学習や地域研究に最適

この方法は、次のような用途にとても便利です。

  • 子どもの自由研究:地域の歴史や自然を調べるとき
  • 地域史の調査:昔の出来事や地域の変化を追いたいとき
  • 過去のニュースの振り返り:あの出来事がいつどのように報道されたか知りたいとき
  • いわき市の出来事の時系列調査:年代ごとの出来事を追うとき

図書館のアーカイブは貴重な地域資料の宝庫。
Google 検索を組み合わせることで、必要な情報に素早くアクセスできます。


まとめ

  • いわき市図書館は新聞記事の PDF を公開している
  • Google の「site:」検索を使うと効率よく探せる
  • 検索例:
site:https://library.city.iwaki.fukushima.jp/manage/archive/upload/ 化石

調べ学習や地域研究にとても便利な方法なので、ぜひ一度試してみてください。

2024年2月29日木曜日

太平洋を渡った「紙」の兵器。米軍資料が語る風船爆弾の真実

太平洋を渡った「紙」の兵器。米軍資料が語る風船爆弾の真実
終戦間際、日本からアメリカ本土に向けて放たれた未知の兵器がありました。その名は「風船爆弾(ふうせんばくだん)」
今回は、国立国会図書館に収蔵されている「米国戦略爆撃調査団(USSBS)」の極秘レポートと、関連する映像資料を読み解き、当時の日米がこの兵器をどう見ていたのかを解説します。

1. 記録された「戦果」と米軍の動揺
[資料⑴] Japanese free balloons and related incidents (1945.5.30)
国立国会図書館デジタルコレクションで見る
このレポートは、米軍側がまとめた「事件記録」です。1945年5月といえば、終戦のわずか3ヶ月前。当時、アメリカ各地で相次いで発見された風船爆弾の着弾事例が詳細に記録されています。
  • 何が書かれているのか?
    どこに落ち、どのような被害が出たのか。米軍は当初、これを「どこから飛んできたのか」「生物兵器が積まれているのではないか」と非常に警戒していました。
  • 歴史のポイント
    実際にはオレゴン州で民間人の犠牲者が出るなど、物理的な被害もありましたが、米軍が最も恐れたのは米国民のパニックでした。そのため、当時は報道管制が敷かれ、日本側には「全く効果がない」と思わせる情報戦が展開されていたのです。

2. 日本の技術力への驚き
[資料⑵] Technical Air Intelligence Center Report No. 41 (1945.5)
国立国会図書館デジタルコレクションで見る
 https://dl.ndl.go.jp/pid/4010111/1/1

こちらは、回収された風船爆弾を米軍が徹底的に分析した「テクニカルレポート」です。
  • 和紙とコンニャクのハイテク
    風船の膜体(エンベロープ)が、和紙をコンニャク糊で貼り合わせたものであること、高度を維持するための自動バラスト投下装置の仕組みなどが図解されています。
  • 米軍の評価
    ジェット気流(偏西風)を予測し、太平洋を数日かけて横断させるという計算し尽くされた設計に、当時の米軍技術者たちは驚きを隠せませんでした。「粗末な武器」ではなく、当時の日本の知恵が結集された世界初の「大陸間弾道兵器」とも言える側面を持っていたのです。

3. 映像でたどる「ふ号作戦」の足跡
文字情報だけでなく、映像でその実態を見ると、より生々しい歴史が浮かび上がります。
[関連プレイリスト] 風船爆弾に関するアーカイブ
YouTubeで視聴する
このプレイリストには、当時の発射風景や、戦後の調査映像などがまとめられています。和紙を一枚一枚手作業で貼り合わせた女学生たちの証言や、戦時下の異常な熱気、そして戦後に明かされた悲劇の裏側を知るための貴重な視覚資料です。

結び:資料が語りかけるもの
国立国会図書館に残された英語のレポートは、かつて日本が放った「風船」が、海を越えた先でどう分析され、恐れられていたかを生々しく伝えています。
単なる「奇策」として片付けられない、当時の科学技術の粋と、それを戦争に投じなければならなかった時代の重みを、これらの資料から感じ取ってみてください。

ハッシュタグ:
#歴史 #太平洋戦争 #風船爆弾 #国立国会図書館 #軍事史 #アーカイブ




1.国立国会図書館デジタルコレクションの風船爆弾の記録

⑴ 風船爆弾による事件記録
Japanese free balloons and related incidents, 30 May 1945. Report No. 12-b(39) USSBS Index Section 6 

⑵ 風船爆弾のテクニカルレポート
OPNAV-16-V No. T241, May 1945, technical air intelligence center report No. 41, Japanese balloon and attached devices. Report No. 13-c(29), USSBS Index Section 6

2.Youtubeのリンク


2020年8月29日土曜日

東京大学史料編纂所

 東京大学史料編纂所の維新史料綱要データベース利用して、磐城平と検索すると、
安藤家→酒井家→安藤家 となっている。

磐城平藩主酒井忠禄 明治2年6月22日~7月22日までのたった一か月だったので、磐城平藩主として認められていないようだ!

https://wwwap.hi.u-tokyo.ac.jp/ships/

2019年9月23日月曜日

戊辰戦争の資料(安藤鶴翁・安藤信勇)

アジア歴史資料センター

アジア歴史資料センターを検索していたら、戊辰戦争に関する資料があったので掲載します。


大総督府安藤信勇ニ命シ急ニ其従兵ヲ発シテ藩地ニ赴カシム・時ニ信勇美濃ノ別邑ニアリ・是夜官軍磐城平城ヲ攻メテ之ヲ抜ク信勇ノ祖父信正遁シ走ル 明治元年7月11日
https://www.digital.archives.go.jp/das/image/M0000000000000840934

安藤鶴翁ノ降伏ヲ容レ仙台城下最寄寺院ヘ謹慎セシム 明治元年9月27日

安藤鶴翁外三名御預処分附総督府ヨリ旧幕士官処置并輪王寺宮御預ノ事ヲ候ス
階層 明治元年10月20日

安藤信勇勤王ノ実蹟アルヲ以テ曩ニ収没シタル別邑ヲ還付ス 明治元年5月25日
https://www.digital.archives.go.jp/das/image/M0000000000000830935


安藤信勇ノ封ヲ磐城平ニ復シ金円ヲ献納セシム 明治2年8月3日
https://www.digital.archives.go.jp/das/image/M0000000000000838880

安藤対馬守ニ旧封磐城平ニ復帰スルヲ命ス 明治2年8月3日
https://www.digital.archives.go.jp/das/image/M0000000000000830979

安藤信勇ヲ以テ磐城平藩知事ト為ス 明治2年8月19日
https://www.digital.archives.go.jp/das/image/M0000000000000828364


2019年6月8日土曜日

平空襲関係資料

国立国会図書館のデジタルコレクションを調べていたら、被害所状況が分かる地図と、調査報告書が出てきたので、リンクしておきます。

1.被害地図とか
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8320179

2.昭和22年撮影 空中写真 
http://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=232746&isDetail=true

3.調査報告書
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8320177
















2018年4月8日日曜日

いわきの古地図(STROLY)

STOROLYという紙地図をジオコーディングして公開しているサイトがある。
なかなか、面白い街歩きに使えると直感した。
https://stroly.com/boards/1103/

例えば、磐城平城 スマホの位置情報と連動し動く


2014年11月5日水曜日

長久保赤水 東奥紀行 閼伽井嶽の龍燈

早稲田大学図書館 古典籍総合データベース
長久保赤水 東奥紀行
http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ru04/ru04_01358/ru04_01358_p0006.jpg

なかなか、面白いとおもいます。

2014年8月10日日曜日

いわき市にあった捕虜収容所の話

常磐炭田史研究会がまとめた、聞き語りの報告書にいわきにあった捕虜収容所の話が掲載されていたので、NET上にある資料を求めてみました。

POW研究会
http://www.powresearch.jp/jp/archive/research/index.html


仙台俘虜収容所
湯本分所>>笹本妙子によるレポート(PDF)
http://www.powresearch.jp/jp/pdf_j/research/sd01_yumoto_j.pdf

好間分所>>笹本妙子によるレポート(PDF)
http://www.powresearch.jp/jp/pdf_j/research/sd02_koma_j.pdf


Center for Research Allied POWS Under the Japanese
http://www.mansell.com/pow-index.html

Sendai #1 POW Camp YUMOTO
http://www.mansell.com/pow_resources/camplists/sendai/Sendai_1_yumoto/sendai_1_main.html

Sendai #2B Yoshima
http://www.mansell.com/pow_resources/camplists/sendai/sendai_2/sendai_2_main.html


Captain Bartlett reported a B-29 crashed on a nearby hill during a food drop
http://www.mansell.com/pow_resources/camplists/sendai/Sendai_1_yumoto/B29%20crash.html



Angel My Shoulder
Geoffrey Monumentの好間の捕虜収容所の体験
http://www.amazon.co.jp/Angel-My-Shoulder-Geoffrey-Monument/dp/1897666160

Researching FEPOW History Group

http://www.researchingfepowhistory.org.uk/news/RFH%20Newsletter%20May%2009.pdf

Geoffrey Monument の写真


洟をたらした神―吉野せい作品集
P108 麦と松のツリーと に書かれている
http://www.amazon.co.jp/%E6%B4%9F%E3%82%92%E3%81%9F%E3%82%89%E3%81%97%E3%81%9F%E7%A5%9E%E2%80%95%E5%90%89%E9%87%8E%E3%81%9B%E3%81%84%E4%BD%9C%E5%93%81%E9%9B%86-%E5%90%89%E9%87%8E-%E3%81%9B%E3%81%84/dp/4841503625

2014年4月30日水曜日

諸国叢書 3 昭和61年 成城大学民族研究所

諸国叢書 3
http://www.seijo.ac.jp/minken/kankou/syokoku.html

大須 賀履(大須賀筠軒)が書いた、焔取録 が掲載されている。
この、焔取録は、磐城地方の妖怪とかの伝説を記載されたもので、高木誠一が柳田国男に貸した写しとなっている。いろいろと興味深いことが書いている。

現在は入手が難しいので、古本で購入することしかできない。

日本の古本屋
http://www.kosho.or.jp/book/keyword/%E8%AB%B8%E5%9B%BD%E5%8F%A2%E6%9B%B8/

2014年2月27日木曜日

磐城平九代記 再SCAN

磐城平九代記 再SCAN
これまでに公開した画像の裏写りが酷かったので、再度SCANしました。
送信者 磐城平九代記(再SCAN)


2014年2月26日水曜日

磐城平九代記の津波の記録 読み解き完了

磐城平九代記の津波の記録の読み解き完了しました。

津波浦々へ打寄たる事

延宝五丁巳年と申ハ宝暦十三癸未年迄ハ拾七年ニ
成也 十月九日ノ夜五ツ時大津波寄 小名濱下神白
長崎四ツ倉汀濱江寄リ也 中ニと永崎浦ハ強キよせ
長崎ニテハ男女等共ニ八拾人余リ流死又其乃後元
禄九年子之六月廿七日昼八ツ時ヨリ大波立嵐強キ
四ツ倉迄濱之船破損して舟方浦々ニテ都合弐千
四百五拾人余り打果同七月まで海中より死
骸引揚ケ塚を築是ヲ千人塚とて四倉辺ニ立也

【現代語訳】
津波が浦々へ打ち寄せたこと
宝暦13年(西暦1763)の72年前、延宝5年(西暦1677年)10月9日の夜8時頃、小名浜、下神白、長崎、四ツ倉の海岸へ津波が押し寄た。
中でも、長崎海岸は強く押し寄せて、長崎では男女約80人が流されて死亡した。
また、そのあと、元禄9年(西暦1696年)6月27日昼2時頃から、大波が来て強い嵐になっって、四倉までの浜の船は破損した。
合計2,400人余り打ち果てて、船方がこの年の7月ごろまで、沿岸の海中から死骸を引き上げて、塚を作った。
この塚を千人塚と言って四倉のあたりにある。



考察
この文が書かれたのは、宝暦十三年頃。
延宝五年と元禄九年の津波の様子が記録されている。
磐城九代記に書かれている記録とは違う。


送信者 磐城平九代記の津波の記録
.あとは、ご自由に使ってやってください下さい。

2014年2月24日月曜日

磐城平九代記と津波の記録 その3

津波の記録の比較
よく見ると、「磐城九代記」と「磐城平九代記」とでは、構成が違う、
よく考えれば、「磐城平九代記」などという文献は見たことが無かった、
20年も前に手元にあったが、磐城九代記と思っていたので、深く考察することはなかったが、たぶん、「磐城平九代記」は「磐城九代記」よりも前に書かれたものではないかと推察する。
なぜなら、「磐城九代記」には、津波の記事にしても分かるように、省略されているからだ。
分かる方居ますか?

延宝五丁巳年■■ハ宝暦十三癸未年迄八拾七年ニ成し
(宝暦十三年から87年前の延宝五丁巳年に)

「宝暦十三年から87年前の」この記載は後から書く記載には必要のない情報である。
書いた時が、宝暦であれば必要ではあるが、後年になれば意味はないと考える

津波浦々へ打寄たたれ事
延宝五丁巳年■■ハ宝暦十三癸未年迄八拾七年ニ 
成し十月九日ノ夜五ツ時大津波寄小名濱■神白
長崎四ツ倉汀濱江寄リ之中ニと永崎浦ハ強キよせ 
長崎ニテハ男女■■ニ八拾人余リ流死又其乃後元
禄九年子之六月廿七日昼八ツ時ヨリ大波立嵐強キ 
四ツ倉迄濱之船破損して舟方浦々ニテ都合弐千
四百五拾人余り打果同七月まで海中より死 
骸取揚ケ塚を築是ヲ千人塚とて四倉辺ニ立也


送信者 磐城平九代記の津波の記録

ちなみに、延宝5年10月9日に起きた津波の被害は、千葉から仙台にかけてあったようです。


大日本地震史料 : 増訂 (国立国会図書館デジタルコレクション)







石炭ガスの作り方

ガスが家庭に来るまで、昭和16年 少國民年鑑 東京 東雲堂発行に石炭ガスの作り方が掲載されていました。
現在は、こんな効率が悪く、環境的でないガスの作り方はしませんが、
片寄平蔵が居た時代、この原理と同じことで、ガスを作ったのかもしれません。
用は、石炭を密閉容器で蒸し焼きにすると、コークスと石炭ガス、タールが出来るということです。

送信者 ガスが家庭に来るまで

2014年2月23日日曜日

磐城九代記と津波の記録 その2

自分なりに解読して見ました。

津波浦々へ打寄たたれ事
延暦五丁巳年 ■■ハ宝暦十三癸未年迄ハ拾七年ニ
■之 十 月九日ノ 夜五ツ 時大津波寄小名浜■神白 
長崎 四ツ倉汀濱 ■■■之中ニと永崎浦ハ強キよせ
長 崎ニテハ 男 女■■ニ八 拾 人余 リ流死又其後元
禄九年子之六月廿七日昼八ツ時ヨリ大波立嵐強キ
四ツ倉迄濱之船破損して舟方浦々ニテ◎◎弐千
四百五拾人余り打果同七月まで海中より死
骸引揚ケ塚を築是ヲ千人塚とて四倉辺ニ立也

■はどうしても、読めない所です。どなたか解読お願いします。

送信者 磐城平九代記の津波の記録

諸根樟一が勿来文庫版と出した内容とは若干違うようです。

2014年2月14日金曜日

磐城九代記と津波の記録

何気なく、磐城磐城九代記 を見ていたら、津波の記録があった。
でも、内容が磐城誌料叢書のとは微妙に違う。
たぶん上下になっていないので、古い記録と思います。
読んでみてください。


磐城平九代記の津波の記録

磐城平九代記

2014年2月12日水曜日

磐城舞子観光案内

新舞子は以前、磐城舞子と呼ばれていた、高木誠一が草野村役場の助役を務めていた時の資料
一緒に綴られていた物から昭和4年頃の記載と考える。

磐城舞子観光案内

2014年2月7日金曜日

2014年2月4日火曜日

石城北神谷誌

高木誠一が書いた岩城北神谷誌
石城北神谷誌





内容は、本になっているので詳しいことを知りたい人はこちらから、あと、日本の古本屋でも購入できると思います。